褒めてのばせ

褒めてのばせ

私は新婚当時、食べるのは好きだったが料理はまったく初心者であった。たぶんウマイものには目がなかったので素地は出来上がっていたのだろうと思うのだが、いかんせん、調理の技術を知らなかった。

それでも「おいしいものを食べたい」という気持ちは強かった。若い世代の、家計の苦しい時代のことである。図書館で山ほど料理の本を借りてき、テレビの番組を見てはメモし(当時はまだネットという便利な道具がなかった)奮闘しつつ、毎日夕飯を楽しみに帰宅する夫のためにがんばった。

今、私は皆さんに一応は「料理上手」とよばれ、人様をご招待してのおもてなしなど、口にはしないが実は自分でも「どんなもんだい」と思っているレベルになった。

その土台の部分は私の食いしん坊ぶりと長くおいしいものを食べて育った過去にある。そして基礎という部分では新婚時代の必死の料理の勉強のおかげであろう。

しかし、ここまで私の料理のウデを育てあげたのは何より夫の「ひとこと」のおかげである。

私の夫は非常に口のおごった人だから、最初の頃はかなり私の作る料理に閉口していたに違いない。しかし、そこがうまいところだが、夫は決して「マズイ」とは言わなかった。

言わないが、「ああ、惜しいな。もうちょっと塩がきいてるとね」とか「もう少しカリッと揚がってたら最高だね」とか「工夫されてるよね。でもソースとちょっとあわないかな」みたいに微妙なニュアンスで物言いをつけた。

こちらのやる気をそがぬよう、若い妻に対する気配りだったかもしれない。実際、新婚当時から夫に「塩がきいてないからマズイんだよ」「揚げ方がへたくそだな」などと言われていたら、たぶん泣くか、喧嘩するか、「じゃ、自分でつくれば」と開き直っていたことだろう。

さらに夫はよく褒めた。

一時期、レバパテを作るのに凝っていた。うちは夫婦そろってワインが好きなのだ。レバパテがあると保存もきくし、薄く切ったフランスパンなどに塗って食べると大変おいしい。

でもこれがなかなか難しく、食べれるレベルにはなるのだが、どうも一歩そこから先に届かない。

それでも半年以上格闘している間についに「ベストなレシピ」が完成した。ちなみに私のレシピでのコツは豚バラやベーコンを鶏レバーに足して作るところにある。

ある時、一口食べた夫が「いや、これはうまいな!」と言い、「どこで買ったやつよりうまい。これがあれば他に何もいらない」と言い、さらにワインを飲みながら「何度もチャレンジしながら味をかえてがんばってたよなー、ついに完成だね。ほんと、うまいよ」とその努力さえ褒めてくれた。

有頂天である。

有頂天になり、私の料理に対する意欲はますます上昇する。

何事も、何につけても「褒めてのばす」これ基本なようです。

保健師

理屈と感情

理詰めとヒステリーは対極のようで、じつは隣り合わせだなといつも思います。理詰めをしているときの人間は「自分は冷静だ」と思っていますが、そうでもないと思うのです。

いかにして相手を打ち負かすか、理屈で攻め立てて追い詰めるか。こればかりを考えているわけですから、そこに横槍が入れば案外弱いものだと思っています。

逆にヒステリーはとても非効率的で大人気ない行為のように思いますが、ヒステリーを起こす女性は少なくともなんらかの打算を抱えているはずです。

私はヒステリーを起こす女性が大嫌いで、自分はそうなるまいと肝に銘じています。しかし、女性である限りそうならない可能性はどこにもない、とも思っています。

冷静に、穏やかに、怒ったって何もいいことはありません。もし討論なら、間違いなく形勢は不利になることです。感情的になればなるほど、そうです。

だからといって理屈だけ並べ立てて感情論をわかろうとしない人も、嫌いです。人間らしさのない人はどこにでもいるものです。

三方一両損、という話があります。大岡越前の有名な名裁きのお話です。ある日三両入った財布を拾ったAさんが落とし主のBさんに届けたところ、もらってくれといわれました。

落としたものだから俺のもんじゃない、というのです。しかしAさんは元々あんたのだから、俺はもらう資格はないといいます。どちらの言い分ももっともです。

そのうち言い合いがヒートアップして、けんかになりました。そこでお裁きを大岡越前に任せよう、ということになったのです。

そこで大岡越前は一両を取り出し、三両を四両にして二人に二両ずつ分け与えます。ネコババすれば三両もらえたAさん、そのままなら三両帰ってきたBさん。

二人とも手にしたのは二両ですから一両の損。そして一両出した奉行所も、一両の損。これで三人が一両ずつ損をする、ということで丸く収めようではないか、という話です。

素晴らしい人情話ですし、理屈も通っているように見えます。これは名裁きといわれても納得ですね。

こういう、人の感情も汲み取った理屈、というのがない人が多いと思うのです。理屈や理論で固めて、逃げ場をなくして相手に判断を迫る。これでは脅迫と一緒です。

人間には感情があって、それで動く生き物です。何かトラブルが起こるのも、結局すべて感情ではないでしょうか。感情を捨てて問題を解決することはできないと思います。

できれば何も問題の起こらない、平和な世の中に住みたいですね。